イメージで判断することの限界
我々は物事をイメージや雰囲気で判断することがしばしばあります。
このブログでは、数字で扱えることはなるべく数字で判断するように心がけていますが、いつもいつも小難しい計算をするのは面倒なこともあります。そんなに暇じゃありませんし。
そんなとき、「だいたいこのくらい」とか、「おおざっぱに言って、○と△の間だろう」といったアバウトな判断をするのは便利なものです。その目分量が正しければ‥‥。
生憎、技術の世界には「素人の直感」が通用しない場合がしばしばあります。理屈を丁寧に説明し、計算を示せば、誰にでも「ああ、なるほどね」と納得してもらえる事であっても、それが「ぱっと見のイメージ」とかけ離れている場合、雰囲気や直感での判断では結論を間違ってしまうことになります。
今回はそんな事例をいくつかご紹介します。
1.IHコンロはガスコンロに比べて遙かにエネルギー効率が低く、環境破壊の元凶である
福島第一原発事故の後、巷で良く目にするようになった意見です。これ、皆さん、正しいと思っていますか?
東京ガスの資料(の9頁)を見ると、一次エネルギー効率(石油や天然ガスの消費量に対して、どの程度のエネルギーが調理に使われたか)で比べると、高効率ガスコンロは56%、IH調理器は29%になっています。
何という差! IH調理器は高効率ガスコンロの半分しかエネルギーを活用できていないなんて!! 環境破壊の元凶と言われても仕方がない!!!
まあ、冷静になりましょう。
何せ情報の出所が東京ガスです。まるっきりの嘘が書いてあるとは思いませんが、「ガスコンロは素晴らしい」という結論に導くために、多少の脚色が含まれている可能性は大いにあります。
1つ1つチェックしていきましょう。
(1)発電・送電の効率は妥当か?
日本の場合、火力発電所の発電効率は、平均で40%くらいと言われています。火力発電所の主力は天然ガスを燃料にしたもので、最新式のコンバインドサイクル発電なら60%程度の効率です。とは言え、まだまだ旧式の設備も稼働していますし、石炭式など、他の方式のものもあるので、平均すると40%くらいになるのが実状です。
更に、送電・配電の効率は95~96%くらいだそうですから、トータルでは38%くらにいなります。東京ガスが比較に使っている37%という数字は妥当と言えそうです。
ひとついちゃもんを付けるなら、ガスコンロの方は最新式の(つまり最も性能の良い)器具の数字を使っているのに、発電の方は「古いものも含めた平均値」を使っている点は留意せねばなりません。とは言え、これからコンロを購入しようとしている人にとっては、ガスコンロなら最新式を選べますが、発電所は選べませんから、アンフェアな比較とまでは言えませんね。
「社会全体における環境負荷」を論じるなら、ガスも電気も「世の中の平均値」を使うべきですから、ガス器具の効率はぐっと下がることになります。目的に応じて数字は使い分けなければいけないという事例です。
逆に言うと、 意図的に不適切な数字を使えば、いくらでも自分に都合のいい結論を導くことが出来ると言うことでもあります。騙されないように注意せねばなりません。
(2)IHコンロとガスコンロの機器効率は妥当か?
IHコンロの効率はカタログ値の90%に対して、実際には79%であると東京ガスは書いています。一方のガスコンロは56%です。
それぞれは妥当な数字でしょうか?
いくつかネットサーフィンしたところ、実際に測っている人が居る(2020/04/19注:リンク切れ)のを見つけました。ご本人も「精度は低い」とおっしゃっている測定ですが、折角ですので引用すると、
IHコンロ :77.6% → 発電・送電の効率37%を加味すると、総合効率28.7%
ガスコンロ :28.4%
ガスコンロ全然ダメじゃん! IH調理器と同じ効率!!
IHコンロの方は東京ガスのデータと概ね同じなので信頼できそうな数字です。同じ人がやっているので、ガスコンロの方もまずまず信頼できる実験になっていると思いますが、その結果がこれです。
何でこんな事になってしまったのでしょうか? そのヒントがこちらのウェブ・サイト(2020/04/19注:リンク切れ)にあります(これも上記の実験サイトからリンクされていたものです)。
つまり、ガスコンロは鍋が大きい(30cm級)と50%くらいの熱効率になるが、小さい(20cm級)と35~40%くらいになってしまうということです。しかも、これは高効率な内炎式バーナーでの数字ですから、家庭用として一般的な外炎式バーナーだと、効率は5%落ちくらいになってしまうと。
(3)結論は?
特殊な業務用でしか使われていない内炎式バーナーではなく、家庭用で一般的な外炎式バーナーに限れば、ガスコンロの効率は以下のようになります。
30cm級の鍋の場合 : 45%程度
20cm級の鍋の場合 : 30%程度
つまり、フライパンを使うならIHコンロの1.5倍くらいの効率になるが、小さな行平鍋だとIHコンロと変わらないと言うわけです。
「IHコンロと同じ、又は良いのだからガスコンロの方が優れているのは事実」、ではありますが、世間で「IHコンロは環境破壊の元凶」などと糾弾されるほどの差ではないと思います。
細かい話になりますが、ガスコンロは器具の効率が悪いので、強烈に部屋の空気を暖めます。冬は暖房の助けになって好都合ですが、夏は深刻な冷房負荷になります。暖まった部屋の空気を冷房するためのエネルギーは、確実にIHコンロよりも多くなります。これも含めて考えれば、むしろガスコンロの方が環境負荷が高いのではないかという気がします。
今回は計算は割愛しますが、機会があれば是非やってみたいところです。
(4)将来に向けて
将来に向けて、国策として推進していくとしたら、一体どちらが良いのでしょうか?(勿論、効率の観点だけで。)
この場合、設備も器具も新規に導入していくことが前提になりますから、発電所も最高効率、ガスコンロも最高効率のもので比較することになります。
IHコンロの効率 :60%(発電効率) × 95%(送配電効率) × 80%(器具効率) = 45.6%
ガスコンロの効率 : 30~45%(鍋のサイズによる)
あら、見事に逆転してしまいました。
これだけで「だからIHを推進すべきだ」、と言うのは乱暴ですが、それだけのポテンシャルを持っているとは言えます。
少なくとも、「IHコンロは環境破壊」などという論が、実体をあまり反映していない乱暴な意見だとは言えるでしょう。
2.太陽光発電よりは太陽熱温水器の方が効率が良い。
これは如何にももっともらしいです。どうせ屋根の上に乗せるなら太陽熱温水器の方が高効率だ、という主張です。
ただ、考えようによってはいちゃもんがつけられます。
(1)太陽熱温水器の効率は?
Wikipediaに依ると、40~50%程度のようです。さすがに高いですね。
(2)太陽光発電の効率は?
これはパネルの種類によって結構異なりますが、結晶シリコンであれば、16~17%程度です。多結晶シリコンでも14~15%くらいでしょうか。効率で言うと確かに温水器の1/3くらいですが、出来るのはお湯ではなく電気です。
これを使ってエコキュートを稼働させれば、エコキュートのAPF分だけお湯が出来ます。エコキュートのAPFは3.7~3.9くらいですから、
(15~17)×(3.7~3.9)= 55~66% に相当するお湯が作れます。これなら太陽熱温水器の効率を軽く上回ります。
まあ、費用対効果で考えれば、太陽熱温水器には全く敵いません。両者は現実的に比較できるものではないでしょう。ただ、イメージと実体が異なるということを実感させていくれる事例であるとは言えると思います。
如何でしょうか?
皆さんの抱いていた「イメージ」とはかなり異なる結果ではなかったでしょうか?
こういう事があるので、きちんと数字で確認することが欠かせないんですよね。